ナッシュバールが倒れてからおよそ三十分後。
部屋のドアを叩く音に寝ていた頭はこの事件を聞いた直後、すぐさま起きて、
「分かった。すぐに向かう。」
 着替えを済まして部屋を出る。
向かう先は姉さんの部屋。
「姉さん!」
 ラトーラ姉さんは部屋の前に立っていた。
「兄王が。」
「ええ、急ぐわよ。」
 王城を駆け抜け、<カリナズス庭園>に向かう。

 国王暗殺。
このニュースは夜明けを待たずに国を駆け巡った。
俺達が駆けつけた時にはナッシュバール兄さんは静かに眠っていた。
現場にいた将校達に事情を聞いても、
「知らない。」
「犯人はどこから……。」
 等と赤い顔で警察の質問を受けていた。
それを見た姉さんは、
「ふぅ。」
 ため息を吐いただけだった。
「ユイン。酔っていない者を集めなさい。彼等に任せていては手遅れになります。」
 頷いて衛兵達を集める。
若干、酒の匂いがするのが気になる。これには姉さんも気付いた様で、
「ナッシュバール陛下から賜りまして……。」
 悔しそうに俯く衛兵達。
兄が運ばれた方角を濡れた目で見つめる者もいる。
姉さんも俯いている。そして顔を上げた時の視線はいつもの姉さんだった。
「……すぐに検問を張りましょう。それと不審者を見た者は居ないかすぐに調べなさい。」
 全員が気合の入った声で返事し、各自が走って行く。
「野次馬や記者が騒いでいるようですね。」
「まったく……ユイン。」
「は、黙らせてきますよ。」
 五人の衛兵を連れて人垣に向かう。

 酔っている将校に群がる記者達を追い払う。
――そこで確かに見た。
人垣の向こう通りを越えた先の立つその女性は俺を見ている。
冷たく怪しいその視線から目を外せない。背中に流れる汗。
 ラビット。
彼女は背を向け立ち去る。俺は人垣を押し通り彼女を追う。
「ユインロット様!」
 衛兵の一人が呼び止めるが、
「姉さんには適当に言っておいてくれ!」
 いや、ちょっと! と叫んでいるが走り出してしまえばもう聞こえない。
庭園の小路は騒ぎを聞きつけた野次馬で混雑している。
そこを押しのけて行くが、
「どこ行った?」
 あの女。ラビットを見失った。
あの女が関わっているのか……?
森では共闘した。ゼルドウェイクでは闘った。
その強さは知っている。
ラビットの背後には何か組織があるのは間違いない。
面倒な事になるな。これは。

 ラトーラ姉さんの下に戻ると軍服を着た連中があれこれと指示を出し報告に来ているが進展は無い。
「何かあったの?」
 俺が戻ると姉さんは何かの資料を読んでいた。ちらりと俺を見るが目はすぐ資料に戻る。
「あ、いえ。」
「そう、後で聞くわ。」
 姉さんは立ち上がり、
「一旦戻りましょう。後はお願いします。」
 敬礼で応える将校達の間を抜け、城へと戻る。

「で、何があったの?」
 二人きりになるや姉さんが胸倉を掴んで聞いてきた。
「いや、ちょっと姉さん?」
「あ〜ちょっと色々ありすぎてイライラしてるの。さっさと答えなさい。」
 俺は姉さんから目を逸らす。が、
「ちゃんと目を見て話しなさい。」
 ぐいっと持ち上げられる。
小柄なのにどこにそんな力が……?
「早くしなさい。私は眠いの。」
 目を合わせて、
「あの、ですね。」
 見たままを伝える。
聞き終わった姉さんはまだ胸倉を掴んだままだ。
「……。」
 考え込んでいる。
早く放して欲しいんですけど。
「ユイン。貴方は夜が明けたらその女を私の下へ連れてきなさい。事情を聞く必要があります。」
 無茶を言いなさる。
ようやく解放されて、
「わ、分かりました。」
 これは中々難しい事を引き受けたな。
この広い街であの女を探す。見つけたとしても大人しく俺に従うかが問題だな。
「じゃ、早く休みなさい。」
 姉さんは何事も無かったかのように自室へと引き上げていった。

 時は進み、夜は朝になり国王暗殺のニュースが国を世界を駆け巡る。
混乱と哀悼が混在する中、新たな王が誕生する。

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